そしてまた週末
私は何かイベントがあった時、すぐに感想をまとめるのが苦手だ。
というより、あった出来事をうまく書き表せなくて、
いつもブログに載せるのを断念してしまうのです。
ただつらつらと、本人しか分からない内容を書きつらねているだけでは面白くないように感じて。
だけど今回は、ちょっと書いてみようかと思う。
それくらい、私にとって大切で、重たい時間だったから。
先週末
12年ぶりに、岩手の祖父母をたずねました。
羽田まで飛行機でやってきた父&弟と、姉とともに東京駅で合流して、
12年ぶりの東北新幹線に乗る。
3ヶ月ぶりに会うから、最初は何となく照れていたけど、
気が付いたらそんなのどうでもよくなる。
大人3人に囲まれて所在なさげだった高校生の弟がやや不憫だった。
しかし、今回クラスマッチの打ち上げを諦めて、
この訪問に参加した彼は偉いと思う。
終始ぼそぼそとしかしゃべらないために、
姉ふたりから「はっきりしゃべんなさい」と言われ続ける羽目になってはいたけれど。
うちの両親は、平たく言うとおそらく「幼なじみ」なんである。
「別に小さい頃から仲良かった訳じゃない」とか
「いつクラスが一緒だったかなんて覚えてない」とか
何を聞いてもそんな返事しかかえって来ないけど、
もともとの互いの実家は徒歩数分の距離にあるんである。
なので、二泊三日のなかで、
私たちはどちらの実家にも行くことができる。
最初に行ったのは父方のおじいちゃんのところ。
記憶の中で中学生だった孫は、大学を卒業して社会人になっていた。
おじいちゃんは病気のために、酸素吸入器を常用しなければならなくなっていた。
時間があまりに経ちすぎていて、
その間色んなことがありすぎて、
どんな顔をして会えば良いのかわからなくて、
健康で威厳たっぷりのおじいちゃんの記憶しかなかったから、病気の姿がショックで、
だけど内側から自然と
「ちゃんと正面から向き合って、今を楽しみ、大切にしよう」
という強く決心がわいてきた。
おじいちゃんは、私たちが滞在している間にみるみる元気を取り戻していった。
ご飯もきちんと食べ、
時折昔話を語ってくれて、
「できるだけ長生きする」
と言ってくれた。
こんなに長い間会いに来なかった孫なのに、
それでも私たちきょうだいの姿は、
おじいちゃんを力付けることができたのだ。
血の繋がり、というものを、
自分はろくに意識せずにここまで生きてきたのだな、と実感した。
久しぶりに会う人たちでも、自分の家族と似通った部分をみんなどこかしら持っているから、
すぐに緊張がほぐれていき、楽しい時間を過ごすことが出来る。
その居心地のよい感覚が不思議だった。
ああ、私はもともとこういう所から生まれた魂をもっているのだな。と思った。
自分の内側でばっこり抜け落ちていた何かを埋めに行ったような、
そんな時間だったように思う。
滞在は慌ただしくあっという間だったけど、
父方・母方ともにのたくさんのおじおばやいとこに会えた。
亡くなった母方のおばあちゃんの仏壇にも、
ようやく手を合わせることが出来た。
涙が止まらなかったけど。
意識しなくても、どこにいても、
家族は家族なんだと思う。
大切なのは距離ではなく、気持ちなんだと。
そのことを、身に染みて感じた。
自分に出来る方法で、
「家族」を大切にしていきたいな、と思った。
というふうに終わるととてもかっこいいですが、
ちゃんとオチはついていて
滞在があまりに濃かったためか、心身ともにぐったり疲労したTるいさんは、
連休あけの火曜の研修は午前で早退しましたとさ。笑
私の故郷は福岡
親の故郷は岩手
そして今私は、東京にいる。
なんの因果かね。
自分で選んだにも関わらず、そんなふうに思ってしまうのでした。
この狭い日本で、こんなに効率的に離散している一族、
なかなかいないんじゃないか?笑
つらつらと書きましたが、
以上が今回の東北旅行記です。
めでたくフィルムを一本とりきったので、
現像できたら写真のせます!
というより、あった出来事をうまく書き表せなくて、
いつもブログに載せるのを断念してしまうのです。
ただつらつらと、本人しか分からない内容を書きつらねているだけでは面白くないように感じて。
だけど今回は、ちょっと書いてみようかと思う。
それくらい、私にとって大切で、重たい時間だったから。
先週末
12年ぶりに、岩手の祖父母をたずねました。
羽田まで飛行機でやってきた父&弟と、姉とともに東京駅で合流して、
12年ぶりの東北新幹線に乗る。
3ヶ月ぶりに会うから、最初は何となく照れていたけど、
気が付いたらそんなのどうでもよくなる。
大人3人に囲まれて所在なさげだった高校生の弟がやや不憫だった。
しかし、今回クラスマッチの打ち上げを諦めて、
この訪問に参加した彼は偉いと思う。
終始ぼそぼそとしかしゃべらないために、
姉ふたりから「はっきりしゃべんなさい」と言われ続ける羽目になってはいたけれど。
うちの両親は、平たく言うとおそらく「幼なじみ」なんである。
「別に小さい頃から仲良かった訳じゃない」とか
「いつクラスが一緒だったかなんて覚えてない」とか
何を聞いてもそんな返事しかかえって来ないけど、
もともとの互いの実家は徒歩数分の距離にあるんである。
なので、二泊三日のなかで、
私たちはどちらの実家にも行くことができる。
最初に行ったのは父方のおじいちゃんのところ。
記憶の中で中学生だった孫は、大学を卒業して社会人になっていた。
おじいちゃんは病気のために、酸素吸入器を常用しなければならなくなっていた。
時間があまりに経ちすぎていて、
その間色んなことがありすぎて、
どんな顔をして会えば良いのかわからなくて、
健康で威厳たっぷりのおじいちゃんの記憶しかなかったから、病気の姿がショックで、
だけど内側から自然と
「ちゃんと正面から向き合って、今を楽しみ、大切にしよう」
という強く決心がわいてきた。
おじいちゃんは、私たちが滞在している間にみるみる元気を取り戻していった。
ご飯もきちんと食べ、
時折昔話を語ってくれて、
「できるだけ長生きする」
と言ってくれた。
こんなに長い間会いに来なかった孫なのに、
それでも私たちきょうだいの姿は、
おじいちゃんを力付けることができたのだ。
血の繋がり、というものを、
自分はろくに意識せずにここまで生きてきたのだな、と実感した。
久しぶりに会う人たちでも、自分の家族と似通った部分をみんなどこかしら持っているから、
すぐに緊張がほぐれていき、楽しい時間を過ごすことが出来る。
その居心地のよい感覚が不思議だった。
ああ、私はもともとこういう所から生まれた魂をもっているのだな。と思った。
自分の内側でばっこり抜け落ちていた何かを埋めに行ったような、
そんな時間だったように思う。
滞在は慌ただしくあっという間だったけど、
父方・母方ともにのたくさんのおじおばやいとこに会えた。
亡くなった母方のおばあちゃんの仏壇にも、
ようやく手を合わせることが出来た。
涙が止まらなかったけど。
意識しなくても、どこにいても、
家族は家族なんだと思う。
大切なのは距離ではなく、気持ちなんだと。
そのことを、身に染みて感じた。
自分に出来る方法で、
「家族」を大切にしていきたいな、と思った。
というふうに終わるととてもかっこいいですが、
ちゃんとオチはついていて
滞在があまりに濃かったためか、心身ともにぐったり疲労したTるいさんは、
連休あけの火曜の研修は午前で早退しましたとさ。笑
私の故郷は福岡
親の故郷は岩手
そして今私は、東京にいる。
なんの因果かね。
自分で選んだにも関わらず、そんなふうに思ってしまうのでした。
この狭い日本で、こんなに効率的に離散している一族、
なかなかいないんじゃないか?笑
つらつらと書きましたが、
以上が今回の東北旅行記です。
めでたくフィルムを一本とりきったので、
現像できたら写真のせます!


とりあえず今の私には、平日と平日の間の、心やすらかな週末がある。
金曜の夕方は本当にしあわせ。
疲れはピークなはずなのに、
打ち合わせがどんなに眠くても、
作業がどんなに面倒でくたびれる内容でも、
「だって終わったら週末だし」
と思うだけで乗りきれる!
暇OL、とか言ってましたが
そろそろ、そうでもなくなってきました。
月末締め切りの作業が複数あるため、今週からだいぶ慌ただしくなってきた。
さらに、育成面談なるものもあるため、
その準備もしなくてはならない。
面談シートというしろものを、二枚ほど書く必要があるのに
一枚は火曜に、もう一枚は金曜に使うのに、
私は一切手をつけてないのでした…。どうするつもりだ。
慣れないから当たり前なのだけど、
何かにつけてとにかく効率が悪い自分。
もっと作業出来る!と感じるところが、意外に進まなくて焦る。
そして定時である17時半退社グセがすっかり刷り込まれてしまい、
帰りがうっかり18時をすぎたりすると、「遅い!」と感じてしまう。
この先が思いやられます。笑
どんなに嫌でも、体がだるくても、
人は会社に行くんである。
学生時代だったら「今日はもういいやーサボってしまえ!」
と思うようなしんどい朝を、
もう何回やり過ごしたか分かりません。
…要するに、サボりすぎなのだ、学生時代の自分よ。笑
時間は流れて、
気付いたらちゃんと社会的責任をまっとう出来ている自分がいました。
あれだけ危なっかしかったのに、感慨ぶかいものです。
やる気がありすぎるでもなさすぎるでもなく、
淡々とそれなりに楽しく働けていて、
程よくてなかなかいい感じだと自分では思っています。
もし面談で
「もっとやる気だせ」
とか叱られたら、その時はその時ということで。
さぁ
今週末もリフレッシュするぞ!